2009.11.07 〜お知らせ〜
<浄化・・・というか・・・霊的なものはあんまり気にはならないんだけど・・・とりあえず今の現状を何とかして変えたいのでお願いしたいです>や<お店を立ち上げる為にパワーを分けてほしいのでお願いします>の依頼を受けることがあります。

<お店を起動に乗せたいのでそのパワーがほしい><自分自身の開運の為に力を貸してほしい>などの場合、お客様は<浄化>で依頼して良いのかとても迷うそうです。

<霊的なものの影響を受けているのかどうか分からないと浄化を受けてはいけませんか?>と聞かれたりすることもしばしば・・・。

ホームページでどうしても<浄化(浄霊)>の単語が先に目に付いて〜運気の流れを綺麗にして開運へと導きます〜が消されてしまうのでしょうね・・・。(一応書いてはいるのだけど・・・)

実際私の浄化とは霊的なものだけに対応しているものではなく<現状を変えたい!!><運気アップをしたい!!><とにかく開運!!>と望む人にも対応しているのです。(私がする作業は浄化と変わりませんが・・・)

ただホームページがあくまでも霊的なものの浄化をメインに書いていて、そこにあれこれ付け足しすぎると分かり辛いのと、霊能者と開運!がどうもピンとこないので今までそこをあまり突っ込まず流していました。

今回あえて分かりやすく<開運アドバイザー>という名称を用いて運気上昇のお手伝いをする<開運>という項目を作りました。(作ってくれたのは夫で・・・文章を考えてくれたのも夫ですが・・・。私はさっぱりなので・・・)

もちろん<アドバイスしておしまい>ではなく、やり方としては浄化と同様なのでその人の運気が整えられて開運へと流れができていくようになります。

現状打破で開運をご希望の方はぜひどうぞ〜♪
中くらい
エネルギーを出す時に<えいっ!!>とか<はーーーーっ!!>とか掛け声を掛けてはやらないと書いたけれど、そういう私も最初は掛け声が必要なんだと思っていたのです。

多分テレビの影響や自分の中のイメージだと思うけれど・・・そういうものかな?と思っていたのです。

元々そういう霊能力とは無縁に過ごして来た私に<ほらよっ!>とくれたところで・・・何をする為のものなのかも分からず、まして興味もなくて<えぇ〜見えたり聞こえたりするだけで良いんじゃないの?こういうのって宝の持ち腐れになって意味ないと思うよ?>などと言い返していたのを思い出します。

<3時間したら見えて聞こえるようになるから、3時間経ったら起きるように>と言われて、起きたら本当にそうなっていて正直<なんて簡素なんでしょう・・・もっとこう・・・厳かな勿体ぶったものでないの?>と疑問に思ったほどです。

それがあるので自分が一番<霊能力なんて実はなんてないもの>だと思っているのです。

あまりにも私の想像に当てはまらなくて、しかもこれといって何も教えてもらえずに<まずこれからどうやって私は生きていくのか>が一番の疑問でした。

聞いたところで<今までと変わらず>と言われてしまい<な〜んて中途半端なんだ!!>と心底思いました。

しかも掛け声も要らない・・・。これも<エネルギー出す時に集中して掛け声と共に出すんでしょ?>と聞いたら<なぜ?>と聞き返されました。

<そんなものは必要ない。パフォーマンスでもしたいんか?>とムッとした声で龍ちゃんに言われました。

神仏らしきものがムッとすることにも何となく違和感があったし<偽者?よくこうやって騙されていくって本に書いてたな・・・>と変なところは疑い深い私は本気で思いました。

<本当は神仏じゃないのに神仏だと名乗ってる悪い人なんでしょ?>と今まで会った神仏ほぼ全員に聞いているのは私くらいではないかな・・・。(それもしつこいので何10回と同じ神仏に言いました・・・)

<怪しい宗教の教祖になれとかそういうのは嫌いだから他の人にして>と言ってみたり、<変な死に方とかするのも嫌だから・・・そういう世界に巻き込まないでほしい>とかそれはもうまだ何も言われていないうちから先に言っていました。

いざやり始めてもうすぐ4年目になりますが、自分で思っていた感じではなくかなりラフです・・・。

エネルギーを入れるときに掛け声やら気合を入れる必要が全くないことや、むしろ構えず自然に流れ出す感じが一番だと言うことも自分で知っていきました。(それくらい勝手にあれこれ実験をしていました。暇だから・・・)

物足りないくらいの気負いのない状態でずっと継続してエネルギーが出せることこそ、自分の身体という大きなパイプを最大限利用できる方法なのです。

私の身体は入れ物・・・ただの容器・・・楽器のようなもの。
その楽器で自分で音を出している感覚。どんな音が今必要なのか、どれくらいの音量で強弱で今奏でるのか、その場で判断してするだけのこと。

その為にちゃんと自然な力でリラックスして音程が外れないように出せるコントロールだけが必要だった気がします。

小さい入れ物に大量のエネルギーを入れ込んで溢れて失敗、大きい入れ物に沢山入った気でいたら足りていなかった、なんてことも最初の練習でありました。

(ちなみに神仏も何かをする時、掛け声は出しません。やっているのかどうなのか分からないくらいなんてなくエネルギーを動かします。さすが、本職・・・。
豪快な元ちゃんでも<はいはい〜よしいいぞ〜>なのです。いつしたのか分からないのです・・・)

その練習が終わって、仕事としてするような流れになり、<ぜーんぶ必要なことは周りが勝手に動かして用意してくるんだなぁ・・・>と知りました。(同時に無駄な抵抗もするだけ無駄だと知りました)

年々<どうでもいいよ〜なんでもいいよ〜なんでもするよ〜>と思うようになってきました・・・。

ただ、コン吉が<コン吉くんはね〜ほらっ!見てねんよ!ほらっ!神仏カードを持ってますねんよ♪日本でしか使えないねんけどもね。ここにコン吉くんのお写真が載っていますねんわ〜>と言うのを聞くたびに、<うさんくさ〜>と思う私です。

でも・・・こういうことを書いている私が一番胡散臭い気もする・・・。
中くらい
エネルギーは身体の中を流れている<気>でもあります。(これは私の個人的な表現かもしれませんが・・・)

そのエネルギー(気)を使って色々と作業をしているわけですが、その使っているエネルギーが私の・・・私本来の持つエネルギーなのかと言うと実は違います。(説明が下手で申し訳ないです・・・)

私の持つエネルギーとなると個人的な要素でできたエネルギーになります。(エネルギーの中身というのかな・・・?)
私の環境や日々の生活、私の考えなどで成り立つエネルギー。

それが全ての人に共通するかというと、きっと無理なのです。

私本来のエネルギーは物凄く火のように熱いのです。何かしら常に燃えているのです。(ブログを読んでくれている人はなんとなく分かっているとは思いますが)

パワーストーンのエネルギーを補充する時はそのお客様に必要なエネルギーを入れてあげなければならないし、優しい感じにほんわかあたたかいエネルギーを入れてあげないとパワーストーンも迷惑です。

そうなるとはっきり言えば私の本来のエネルギーは必要ないのです。

<気孔やレイキもやろうと思えばできる>と前回書きましたが実は何回か興味があって実験で試したことがあるのですが、その時も同じ事を思いました。

自分のエネルギーがいくら高くても、エネルギッシュで燃えていても、相手が必要としていなければ必要ないのです。
それよりも相手が必要としているエネルギーを知ることができて、そして出せることが一番のポイントになります。

エネルギー(気)のバランスを整えること、エネルギーの調整とはあり過ぎるのなら抜く、足りないのであれば足す、のような感じ。

あくまでも相手のエネルギーを壊すことなく、消してしまうことなく、その人本来の持つエネルギーをうまく流してあげることが大切で、その時に身体のどの部分でエネルギーが滞っているのかをまず知ることができないと始まりません。

エネルギーが弱っている時は砂漠のように乾いた土のイメージがしたり、綺麗に流れている部分は水が流れているようなさらさらした澄んだ感じがしたり、そういう映像が見えます。

砂漠のように乾いた土の感じがする時は潤うようなイメージでエネルギーを足します。
太陽の光が足りなくて弱っている感じがする場合は暖かいエネルギーを足します。
逆に燃えすぎて熱がこもっている状態ならその熱を抜いて水を流す・・・。

必要なのはその時にどういうエネルギーにするのかを自分でイメージすることです。
その見極めの方が大切なんだと思います。

話を戻しますが、パワーストーンのエネルギーを入れる時、使うエネルギーは自分のものであっても、その中身は自分のものではありません。
(霊能者に急にされた時に何かしら細工されたんだろうなぁと思っています)

私はいつもエネルギーを出す時に、自分に注文するのです。
<この人に合ったエネルギーでこういう感じでこんな風にしてほしい>という感じで・・・。

その時<こんなエネルギーを入れるぞ!!>は自分では考えていません。
勝手にその人に必要なエネルギーに変換されて出ているのです。

その後にパワーストーンにも<そういう感じでこういう風にこんなサポートをしてほしい>とお願いします。
そして出来上がった状態を触ると<あぁ〜いい感じ〜>と思います。

いまいち理屈が分からないので<自分がしたんだ!>という気持ちになれず、その辺はいつも<出来上がってよかった♪>で終わっていきます。

深く追究しないことと・・・いつでも必要に応じたエネルギーを出すことができるのが唯一の取り得かもしれません・・・。

中くらい
前に仕事でお客様のお家でパワーストーンの浄化・補充をしていた時、いつもの調子でなんてなくしていたのですが、目の前に座っていたお客様は何故か驚いてそれを見ていました。

それでも気にせずにエネルギーの調整をしていて、終わった時に言われました。
<想像していた感じと全然違う!!>とのことでした。

そう、私がパワーストーンの浄化や補充をする時、右手の平にパワーストーンをちょこんと置いて暫くそのまま。
周りから見ていたらいつエネルギーを出しているのかも分からないのです。

お客様からすればもっとこう集中して気を集めて目を閉じて<えい!>とか<ふん!>とか<はぁーーーー>とかそういうのを想像してしまうようです。
終わったときはクタクタになって<はい、どうぞ・・・>みたいな感じ?私の場合は<はい〜できました〜>だけど・・・。

そのお客様に限らず<一度で良いから手の平から出てるエネルギーを触っていいですか?>と聞かれることもあります。

その時もやっぱり<では出しますよ〜>のような前置きがあると思われていたりするけれど、私にはないのです・・・。
<あっ、良いですよ〜もう出してますから手を近づけたら分かると思います〜>・・・そんな返事。

もったいぶるほどのことでもないし、<出そう>と思えばその瞬間出るし<止めよう>と思えば止まるし、スイッチオンでいつでもはい!の状態なのです。

エネルギー自体は目で見えなくてもちりちり電気みたいな感覚がするので見えない・聞こえない・信じない夫でさえ分かります。
なんとなく見える人は<水蒸気が出てる!>と言っていました・・・。湯気のようなもわもわした感じに見えるようです。

正直言って手の平から出しているのはパワーストーンの時だけで、手の平だと分かりやすいかな?と思って手の平を触ってもらうけれど、本当は身体のどの部分からも出るのです。
でもちゃんと<手の平から出そう>と決めてすれば手の平からだけ出せるのです。
(部分限定で出すようにしているだけなので足からでも出せます・・・)

でも手の平だけで出すと手がちくちくして電気を当てすぎた痺れた感じがするので長くするのは苦手・・・。
身体からがばがば出している方が何も感じないのでラクちん。

ただ手の平から出す場合、左手からは鎮静のエネルギーが多くて、右手だと活性させるエネルギーが出ます。
これは我が家の神仏がなーんにも分からない私に教えてくれたのでした。
なのでいわゆる気功やレイキもできるのです・・・。(しないけど)

そんななーんの集中力も気合も入れずにいつでもラクに出せる・・・はっきり言って、かなり便利な身体なのです・・・。
最新型?なのかもしれません・・・。

仕事の時もエネルギーを出す量が多くても身体からぼうぼう出ているので負担がないし、仕事でエネルギーを使いすぎて倒れることもないので嫌になることなく続けていられます。

多分精神世界にどっぷり浸かりすぎて身動きが取れなくなったり、現実世界を生きられなくなったりするタイプとは無縁だからかもしれません。

私にとって精神世界は強いて必要なものではなく、当たり前にあるものにしかすぎません。
それよりも現実世界を生きることの方が刺激があって楽しいのです。

そういうのでうまくバランスが取れていて地に足が着かずに軸がブレることがないので身体に負担がかからないのです。

それに・・・エネルギーが出せたところで自分には特に得することが1つもないし・・・。
(初めの頃は面白半分にお風呂の湯船で電気風呂のようなことをしていたけれど・・・血行が良くなりすぎて痒くなったり止めました・・・)

中くらい
昨日何気にぼんやり考えていたのだけど、オラクルカードや霊能力を使って見たり聞いたりして伝える言葉は受ける人だけのオリジナルのその人専用の結果だと思う。(ちなみにオラクルカードのオラクルは<神託>という意味で、私の中では占いとは少し違う気がします)

人工的に計算されたものでなく、ある程度決まった範囲の中から出されるものでもなく、その時その人の為だけに出されるもの。実際に名前や生年月日のデーターを全く必要としない方法です。

例え同じ生年月日、同じ名前の人が一緒に受けても同じ結果にはならないのです。
アドバイスすることも全く違ってくるのです。

よく占いで自分の生年月日から計算して〜表を見て<あっ、私は○○だ>と自分が属するところを見て自分の訪れる運勢を知るパターンがあります。

ですがその人の運勢を表す結果は自分だけに用意された結果ではありません。
同じ数字を持つ人達と一緒の結果になります。

計算されて調べ上げて作り出されたデーターには時として空白の部分や重なることのない部分、あいまいな部分が出てきます。
同時に自分には必要ないことも書かれている場合があります。

なぜなら、その人だけの結果ではないから・・・。

昔から私が疑問に思うことの1つに<私と同じ生年月日の人がいても私と同じ運勢にならないのはなぜだろう・・・>でした。

そう思ったのは同級生に私と全く同じ生年月日の人がいたからです。
明らかに・・・私と全く違うのです・・・。

それがあったので統計学やある程度人間が人工的に決めた何かをデーターにした占いは苦手になりました。
それでも興味や好奇心は激しくあったので当たるという本は読み漁り〜色々試したりもしました。

<動いてはいけない>とか<○○してはいけない>ということをことごとく試してみて、本当にそうなのか実験したりもしました・・・。

参考書のようにその通りに恐る恐る生きていた時は見事にどっぷりその通りにはまり込んでいました。

<動いてはいけない><○○してはいけない>、いけないことは書いてあるけれど、それをなんとかしてやりたい時のアドバイスはそこに書かれていないことが多いけれど、それにも必ず突破口があるのです。

ただ自分だけのオリジナル結果ではないから本にはそれが書かれていないだけ・・・。(と思う)

計算上で・・・頭では割り切れないものでも割り切れることがこの世にはあります。
(10センチ四方の紙を3等分することは計算上では物差しを用いてもなかなか難しいけれど、手で折り目を付けて3等分に分けるのは簡単です)

一番怖いのは<動いてはいけない><○○してはいけない><○○に注意!>を見てしまった時の恐怖心や不安に負けてしまうこと。

頭にインプットされた不安と恐怖心の先入観から全てを諦めて気持ちが負けてしまうことです。
不安と恐怖心の先入観から本当にそれらを生み出してしまったり、引き寄せてしまうことです。

そんな私は昨夜本屋で来年は運勢が最悪らしくて引越しに選んだ日も最強に悪いらしいです。
長い年月占いの本を読んでいなかったので免疫がなかったのか・・・久しぶりのそのダメ出しに発狂しそうになりました♪

でも諦めの気持ちよりも越える気持ちの方がパワーは強いのです。

<ダメだ>と書かれていれば<大丈夫、ダメにならないから〜>と思えることが大切で<そうならないから大丈夫>と言える、自分のことを信じられる方が素敵なことなのではないかな?と思うのです。

とりあえずまずは私が来年に率先して動いてみます〜

自分が<こうしたい>と思っていることを<してはいけない><ダメ>と言われた・・・でも・・・で、突破口を探している人はいつでもその人専用の突破口を教えます♪

中くらい